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バンコクナイツ

映画「バンコクナイツ」を見る。

日本に居場所のない男達と、そんな彼らを相手に商売をする女達の物語だ。
物の見事に、その逆はない。日本人の女は一人も出演しないし、タイの男も同様である。
物語の核はこうだ。
裕福に見える日本社会ではうだつのあがらないおちこぼれの男達が、金にものを言わせて、タイで性のはけ口を求める。
タイの若い女達は、家族を養うために、したたかにそれを利用する。お互い、持ちつ持たれつである。
そんな中で、毎日をしたたかに生きていく。家族を含めて周りの人間に嫌気が指して非難しながら、自分も同じ穴のムジナである。
主人公のラックとオザワを中心に、この映画に出てくる登場人物は、ひたすら濡れ手で粟の金の亡者となりながら空虚な日々を、皆同じように生きている。

そんな中、オザワはとある仕事でラオスとの国境に行く。そこは、過去の戦争の傷跡が生々しく今も残り、そこに現代の若者たちが共産国家を再建しようとする不思議な地域だった。
そこで、オザワは目覚める。このままの空虚な毎日からの脱出を。そして、ラックも目覚める。現実の世界の厳しさを
覚醒した二人は、新しい人生をバンコクで生きていこうと決意する。

自分には、最初バンコクの繁華街が場末の東京のように映ったが、ちょっと街を外れると素朴なアジアの田舎である。
日本もかつてそうだったように、そこには素朴な人々が家族で身を寄せ合って、慎ましい生活を送っているのである。

映像制作集団 空族 最新作「バンコクナイツ」オフィシャルホームページ。

情報源: BANGKOK NITES 空族最新作「バンコクナイツ」

映画『ブラインド・マッサージ』

映画「ブラインド・マッサージ」を見る。
盲人だけで経営されるマッサージ医院が舞台だ。それぞれ、盲目であるハンディキャップを感じさせずに和気あいあいと仕事に励んでいるかのように見える。
しかし、性を中心に、色々な問題を抱えている。結婚を望んで見合いを繰り返すが反対ばかりする院長や、結婚を反対され駆け落ちしてきた院長の友人カップル等々。
主人公の小馬も転がり込んできたカップルの女に興味を抱き、性に目覚め始める。

光の世界に生きる健常者に引け目を感じ、闇の世界で葛藤を続ける彼らがどのように生きていくのか?

さて、今年の目標は、見た映画全てについて自分なりに感じたことをまとめ、記事を投稿することだった。
ところが、本作はこの目標を達成するには少々ハードルが高い。うまく感想がまとまらないのだ。面白くもないつまらない映画なら、その点を堂々と述べればよい。だが、本作はつかみどころがないのだ。面白いとか面白くないとかでなく、鑑賞直後はこの映画の伝えたいことがよくわかならなかった。
しかし、時間を置くことで少しずつ、感じたことがまとまり始めた。
当たり前に生活している自分が、光を失ったら彼らのようにたくましく生きていけるのか?
ましてや、生まれながらにして光を経験していない者たちも多数いる。
有しているものを失ってから、初めてそのありがたさを気づくのだろう。

2017年1月14日(土)より、アップリンク渋谷、新宿K’s cinemaほか全国順次公開 南京の盲人マッサージ院を舞台にロウ・イエ監督が描く、生きることの希望と絶望を凝視する衝撃作

情報源: 映画『ブラインド・マッサージ』公式サイト

荒野の用心棒

先週末に引き続き、西部劇を DVDで見る。
現在公開中の「マグニフィセント・セブン」をきっかけに、そういえばオリジナルの「マグニフィセント・セブン(荒野の七人)」を見ていないぞ、そういえば同じく「荒野の用心棒」もみていないぞ、という具合に。

黒澤明の「用心棒」に感動したというセルジオ・レオーネが、舞台を西部劇に置き換えて製作したこの作品は、いろいろ調べてみると興味深い。

1. マカロニ・ウェスタン
まずは、Wikipediaで「マカロニ・ウェスタン」を調べる。
そもそも、西部劇とはアメリカ合衆国の西部開拓時代を題材にしたアメリカ映画とばかり思っていた。ところが、マカロニ・ウェスタンとは西部劇後期に出てきたヨーロッパで撮影されたアメリカ西部開拓時代を取り上げた、いわゆるフェイクらしい。
その中で、本作品がマカロニ・ウェスタンの第1作ということで、「夕陽のガンマン」「続・夕陽のガンマン」とこれら3本がこのジャンルのドル箱3本立てらしい。
まずは、Wikipediaで「マカロニウェスタン」を調べること。もともとは、スパゲティ・ウェスタンだったのを淀川長治が言い換えたとは。

2. イタリア映画
前述の通り、マカロニ・ウェスタンということでアメリカ映画でなくイタリア映画である。ストーリーの舞台は、アメリカ・メキシコの国境ということになっているが、ヨーロッパ人スタッフがイタリアで撮影したとある。当時、クリント・イーストウッドも今ほど有名でなく、他のハリウッド俳優が断った結果、主役が巡ってきたらしい。
クリント・イーストウッドは、一人だけアメリカ人で当時すっかりアウェイだったわけである。また、アメリカ公開は、イタリア公開の三年後日本公開よりも遅れてのことらしい。

3. オリジナリティと裁判
当初、黒澤の「用心棒」のリメイクを認めずオリジナル作品を主張したようであるが、裁判で決着したようである。
確か、日経新聞の松岡功氏の「私の履歴書」にこのことが書いてあったような気がする。しかし、この裁判途中に映画作品の対価を知った黒澤明が東宝に不信感をいだき、契約解除に至ったらしい。

作品の内容も面白かったが、製作の背景が非常に面白い。
他のマカロニ・ウェスタンはともかく、本家本元の西部劇に興味の対象が広がっていきそうである。
しかしながら、来週末は、黒澤明のオリジナル「用心棒」を見ずにはいられそうにない。