5月最後の日曜日

5月最後の日曜日も清々しい天気となりました。この時期、我が家の近くの野山では一気に生物が活動を始めます。

朝、別荘の点検をしていると、早速蜂がマッチ箱大の小さな巣を作っていました。毎年、6月頃に活動し始めるようで、この時期に巣を作り作り始めます。蜂の巣は大きくなると厄介ですが、まだ作り始めの段階では一匹の働き蜂だけなのでこのうちに見つけて取り除いた方が楽です。ただ、高いところに巣を作るので、背の高いハシゴをかけてやっと手が届くくらいの場所に、ジェット式ノズルの殺虫剤をかけて一撃で蜂が仕留めます。あとは、ひはさみで蜂を軒下から除去します。

昼、いつものようにサイクリングを楽しみました。この時期、周囲は一気に夏めいてきます。先日まで鯉のぼりが泳いでいた青空は日差しが強く、空の青さと木々の緑、花の白さのコントラストが何とも美しい。
この時期、植物も一気に夏らしくなります。木々は葉が茂り草花は背が一気に高くなります。また、色々な花が咲き乱れ目を楽しませますが、アヤメの紫とマーガレットの可憐な白さが鮮やかでした。また、きじのカップルもいつになく目につきました。恋の季節でしょうか?そう言えば、シャッターチャンスは逃しましたが、昨日は三匹の子キツネが道の真ん中で遊んでいました。

毎年7月の最後の週末に、夏祭り「しなの追分馬子唄道中」が近所で開催されます。今年は、7/26(日)のようです。

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軽井沢サイクリング

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軽井沢サイクリング: 36.331934, 138.568932

シンデレラ

映画「シンデレラ」を観てみた。Disney映画なのだが、非常に退屈した。ここ数年観た中で、最もつまらない映画だった。そこで、何がつまらないかを考えてみた。新鮮味が全くない、驚きが全くない、意外性が全くないのが理由だと気づいた。では、なぜ、そんなつまらない映画を観るつもりになったのか?「シンデレラ」なんて、だれもが知っているストーリーだし、最初から気づくはずであろう。

「Disney実写映画に騙されたのである。少し前に同様の「美女と野獣」を観たが、これが思いの外良くできていたからだ。
と、書いたが後に確かめてみると、「美女と野獣」は Disney映画ではなかった。GAGAであった。要はグリム童話ものだから観たのだ。
その理由は簡単で、「美女と野獣」のストーリーを詳細に知っていなかったからであり、そのストーリー性に新鮮味を感じた。かたや、「シンデレラ」の場合、ストーリーをほぼ知っていてそれ以上の驚きが皆無だったからだ。唯一、意外性を感じたのが、ガラスの靴を履かせる前に継母が謎の美女がシンデレラではないかと感づき、王子側近の大公に対して画策を練っているところである。

もう一つの理由としては、「美女と野獣」の方が映像性にしても、ストーリー性にしても格段に良くできていた。若く美しい女性が主人公という設定は同じだが、「美女と野獣」は愛するパートナーがどうして野獣なのか、野獣なのに愛してしまうという、愛の対象物に対する物語なので、必然奥行きが深くなる。片や、「シンデレラ」は、母親を早く失くし父親に溺愛され、継母と連れ子である姉妹にいじめられ、その中で運命的に森の中で王子い巡り合うという、女性独特の陰湿さしかなくてつまり奥行きがない。つまり、「シンデレラ」は主人公の女性にとって、男性はあこがれ、同性の女性は陰湿ないじめと嫉妬しかない。

「美女と野獣」のテーマが異性に対する冒険なのに対し、「シンデレラ」のテーマは同性に対する嫌悪なのではないか。

最後に、”Have courage and be kind” というメッセージと、Lily Jamesの美しさ(ウェストの細さ)しか印象に残らない映画だった。

情報源: シンデレラ|映画|ディズニー|Disney.jp |

夢判断

怖い夢を見ました。
人が高いところから落ちていく夢です。前後が定かではなけれど、自分もやたら障害物の多い悪路を進んでいかねばならず、むやみやたらに(半ばやけくそで)前進しているのだけど、やがて何かに捕まっていなければ全身を支えていられず、おまけに足元がない。不安に思って周囲を見渡したら、自分と同じような境遇の人が数人いて、その中の男性(よく考えれば同じような中年男性)が、やたら投げやりに何かに捕まって(鉄棒の懸垂を繰り返すかのように)、ものすごい勢いで前に進んでいたけど、いつか疲れ果て我が身を支えきれなくなり、落下していくという怖い夢でした。

自分は、子供の頃から怖い夢を見てうなされることが多いのですが、だいたいそのパターンは決まっていて、以下のようなものです。
1. 高いところから落下する。
2. 怖い何か(猛獣であったり、凶器を持った人であったり)に追い回され、逃げ回る。

調べてみると、「高所から落ちる夢は、不安感が高まっている時によく見る夢で、自信を喪失し不安感や無力感が高まっている」、「終われる夢は、自分が行き詰まり、精神的に追い詰められている。」ことを暗示しているようです。

夢を見るということは自分の深層心理の現れかと、フロイトやユングなど wikipediaなどでぱらぱら検索してみましたが、簡単に理解できるようなものではありません。
一番、理解不能なのは他人よりも自分自身なのかと、改めて感じさせられます。
確か昔買ったフロイトに関する解説書を読まずに放置しているはずなので、久しぶりに読んでみようかと思います。

夢と言えば、夏目漱石の「夢十夜」と黒澤明の「夢」を思い出しました。共に、自身の夢(世界感)を公にしたものですが、小話をマルチ構成にし、含みのある内容になっていたと思います。特に、黒澤明の、放射能に侵された世界で富士山麓で鬼と化した人間などは、彼なりの恐怖の表現だったのでしょう。「生きものの記録」などという映画もありました。